目次 Index
弊社では2024年5月に、自然と企業を繋ぐネイチャーポジティブ戦略~TNFDとCDPに求められる生物多様性とは?~を開催。「TNFDについて動画で学びたい」という方は、“アーカイブ動画をみる”ボタンから申し込みページにお進みください。
ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せることを意味します。具体的には、2020年を基準として2030年までに自然損失を食い止め、回復軌道へと逆転させることを指します。
現在の地球は過去1,000万年間の平均と比較し、10倍~100倍もの速さで生物が絶滅していくなど、いわゆるマイナスの状態。これまでの自然環境保全の取り組みに加え、経済、社会、政治、技術すべての改善を促し、今のマイナス状態から自然が豊かになっていくプラスの状態にしていくというのが、ネイチャーポジティブの趣旨です。2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)や、G7 2030年自然協約においてもその考え方が示されており、国際的にも認知度の高いキーワードだといえそうです。
ネイチャーポジティブが必要な理由は2つあると考えられます。
▹生物多様性による恩恵を維持するため
私たちが生きていくために必要な食料、空気、清浄な水、安定した気候といった環境や資源は、生物多様性があるからこそ存在する生態系サービスによる恩恵だといえます。多様な生物が存在することにより生態系システムは絶妙なバランスで存在していますが、この生態系の関係性を損なえばこれまでの生活を維持するのは難しくなるでしょう。
生物多様性についてより詳しく知りたい方はこちらのコラムもご覧くださいませ。
>なぜ今“生物多様性”が重要なのか 企業が取り組めることとは?
▹社会の大きな損失や危機の防止するため
経済面はどうでしょうか。2020年に世界経済フォーラムが発表した報告書によれば、世界のGDPの半分である44兆ドル以上が自然の損失によって脅かされるといわれています。一方で、ネイチャーポジティブ経済に移行すれば、2030年までに3億9500万人の雇用創出と、年間約1150兆円規模のビジネスチャンスが生まれる見込みです。
ではネイチャーポジティブに向けた取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか?まずは国際的な取り組みから見ていきたいと思います。
▹昆明モントリオール生物多様性枠組
まず挙げられるのは、昆明モントリオール生物多様性枠組です。この枠組は、2022年12月に開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、2030年までの新たな世界目標として採択されました。2010年に採択された愛知目標の後継の世界目標であり、引き続き、2050年ビジョンには「自然と共生する世界の実現」を掲げています。愛知目標では、数値目標を組み込んだターゲットが少なく、成果を測りにくい側面があったため、2030年グローバルターゲットの多くに数値目標が組み込まれました。
▹TNFD
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業や金融機関が自然に関するリスクや機会を、評価し開示するためのフレームワークを提供する国際イニシアチブです。よくTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の自然版といわれるTNFDは、自然関連の非財務情報の開示を企業に促すことを目的に設立されました。また2023年9月18日にTNFDは最終提言を公開。より多くの企業や投資家の適切な意思決定を促し、最終的には昆明・モントリオール生物多様性枠組の目標達成への貢献を目指しています。なお、2024または2025年度においてTNFD統合開示を公表予定の企業が発表されました。早期開示を表明した企業は世界46ヵ国320社となり、そのうち日本企業は世界最多の80社を占めています。
TNFDについてより詳しく知りたい方はこちらのコラムもご覧くださいませ。
>TNFDとは?TCFDとの相違点や最新動向まで、分かりやすく解説!
日本では、2023年3月に閣議決定した生物多様性国家戦略2023-2030において、2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が設定されました。ではこの目標達成のために、どのような取り組みがなされているのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
ネイチャーポジティブ経済移行戦略とは、企業に対してネイチャーポジティブ経営に取り組んでもらうため公表された戦略のこと。前述した生物多様性国家戦略2023-2030における基本戦略の重点施策として位置づけられています。この戦略では、ネイチャーポジティブ経営への移行の必要性を示したうえで、下記内容を記載しています。
企業に行動を変えるよう働きかけ、「単なるコストアップではなくオポチュニティでもある」ことを示し、ネイチャーポジティブ経済への移行を実現することがこの戦略の狙いであります。
30by30(サーティ・バイ・サーティ)は、2030年までに陸と海それぞれで30%以上の面積で健全な生態系を保全する目標のこと。ネイチャーポジティブを実現するための具体的な目標の1つです。
下記が中心的な取り組みとなっています。
2021年6月のG7サミットにて、G7各国は自国での30by30目標をG7首脳コミュニケ付属文書「自然協約」にて約束しているなど、各国で取り組みが進んでいる目標でもあります。
では自治体としてはどのような取り組みを行っているのでしょうか。主要な取り組みをご紹介していきます。
主要な取り組みとしてまず挙げられるのがネイチャーポジティブ宣言です。ネイチャーポジティブ宣言とは、ネイチャーポジティブ実現のため、自治体を含めたさまざまなステークホルダーが未来に向けた活動を表明し、一歩前進するための「ネイチャーポジティブを目指す宣言」のこと。この宣言はJ-GBF(2030年生物多様性枠組実現日本会議)が取りまとめています。
生物多様性国家戦略に5つある基本戦略のうち少なくとも1つの方針に該当する内容であり、「ネイチャーポジティブの実現を目指す」意図が込められている宣言である必要があります。また、自由なネーミングで宣言することが可能です。
現在の登録状況は十分でないため、ネイチャーポジティブ実現のためにも、より多くのステークホルダーが積極的に宣言を表明していくことが求められています。
ネイチャーポジティブ自治体認証制度は、地域の自然を活かしてネイチャーポジティブな地域づくりを進める自治体を、NACS-J(公益財団法人日本自然保護協会)が認証する制度です。NACS-Jは、市町村と企業向けのネイチャーポジティブ支援プログラムを2024年4月より開始。ネイチャーポジティブ自治体認証制度はこの支援プログラムの1つです。
また、この認証制度の目的は下記4つです。
これにより、生物多様性保全と地域社会の持続可能な発展が期待されます。
審査については、NACS-Jが設置する第三者で構成された認証審査会で行い、その結果に基づいてNACS-Jが認証。この認証制度で、下記で示された4つの基準をすべて満たしている自治体のみが「ネイチャーポジティブ認証自治体」として認められます。
所沢市での取り組みをご紹介します。2023年 5 月に所沢市、株式会社NTTドコモ、NACS-Jは自治体規模のネイチャーポジティブの実現に向け、三者で連携協定を締結しました。三者はそれぞれが持つ知見や技術を活用しながら所沢市の事業を促進し、ネイチャーポジティブを目指しています。
三者間で行われる具体的な取り組み内容は下記の通りです。
エコロジカルネットワーク評価手法の導入により、1年間での株式会社NTTドコモの生物多様性保全活動の成果を見える化することが可能になりました。
また2024年5月22日、所沢市は国際生物多様性の日にネイチャーポジティブ認証自治体として「ネイチャーポジティブ自治体認証書」(第1号認証)を取得しています。認証書取得により、所沢市においてネイチャーポジティブの実現を目指して生物多様性保全に取り組む企業に対して「ネイチャーポジティブ貢献証書」を発行することが可能に。2024年6月3日に所沢市とNACS-Jは、この貢献証書を株式会社NTTドコモに対して発行しました。なお貢献証書は、TNFDで公表できるものでもあり、この取り組みは、企業と自治体が協力して生物多様性の向上を目指すモデルケースとして注目されています。
国内外さまざまなネイチャーポジティブへの取り組みをみてきました。この流れを踏まえて今企業に求められていることは、ネイチャーポジティブに向けた取り組みを自社の事業に組み込み、それを適切に開示していくことなのではないでしょうか。
なお、環境省は企業向けに必要な情報や考え方を取りまとめた「生物多様性民間参画ガイドライン」を公表しています。2023年4月に第3版を公表しており、企業を取り巻く国内外の最新の動きや、基本プロセスを明確にしてそれぞれのフェーズで取り組むべき内容の解説などがまとめられています。こういったガイドラインなどを活用して開示に向けて動き出すのも1つの手段でしょう。
ネイチャーポジティブに向けて日本企業はどのように取り組みを進めているのでしょうか。ここでは2つの企業を事例としてご紹介します。
日本の大手製薬会社、塩野義製薬株式会社のグループ会社であるシオノギヘルスケアでは、北海道函館近くの海域に生息している「ガゴメ昆布」を原材料として多く使用している健康食品を製造しています。しかし近年、海水温の上昇や世界的な昆布ブームによる乱獲などにより「磯焼け」という海の砂漠化が進行し、ガゴメ昆布の天然産地が消滅の危機に直面している状況に。
そこでSHIONOGIグループは、2024年までにガゴメ昆布を100%養殖へ切り替えることを目指す「昆布の森再生プロジェクト」を2021年に開始しました。函館市や大学、企業などと連携して養殖ガゴメ昆布の安定供給体制と品質改善、天然ガゴメ昆布の保護・再生による豊かな自然の回復に向けて活動を進めています。なお、2022年度には養殖ガゴメ昆布への切り替え率50%を達成。自治体や教育機関、ビジネスパートナーと協同しながら、自然資本の保護に向けた取り組みが進められていることが伺えるでしょう。
日本の大手飲料・酒類メーカーであるサントリーホールディングスは、「水と生きる」をコーポレートメッセージに掲げており、2023年からいち早くTNFD提言に基づく情報開示を行っています。「取水品質の悪化」を事業リスクとして挙げており、このリスク軽減のために、山深い水源地域で森林の整備を進める「水源涵養活動」に注力。2030年までに、国内外の自社工場の半数以上で水源涵養率を100%以上とすることを目標として掲げています。
また国内では、2003年より熊本県阿蘇から始めた「天然水の森」活動を、現在では15都府県21か所、約12,000ヘクタールという規模にまで広げています。人工林の間伐や草原・湿原再生、病虫害対策などを含むこの活動は、生物多様性に富んだ森林が本来持つ機能を回復させるための活動だといえるでしょう。
今回のコラムでは国際的に認知度が高まっているネイチャーポジティブについて、具体的な取り組み事例を踏まえてお伝えしてきました。
「取り組まなければいけないと思っていたけど、後回しになってしまっていた…」
「TNFDの最終提言も公開されたし、自社もできるところから対応していきたい…」
とお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
企業の競争力のカギともいえる情報開示について、早め早めの取り組みのご検討をおすすめいたします。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
【出典】
・J-GBFネイチャーポジティブ宣言. 環境省. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ. 環境省. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ宣言の呼びかけ. 環境省. (参照2024.08.22)
・事業者のための生物多様性民間参画ガイドライン. (2023, April)環境省. (参照2024.08.22)
・昆明・モントリオール生物多様性枠組の構造. 環境省. (参照2024.08.22)
・昆明・モントリオール生物多様性枠組-ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標-. (2023, March)環境省. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ経済に関する国内外の動向. (2023, October)環境省. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ経済移行戦略 概要. (2024, March)環境省. (参照2024.08.22)
・30by30基本コンセプト30by30. 環境省. (参照2024.08.22)
・30by30の概要について. 環境省. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ自治体認証制度について. 公益財団法人日本自然保護協会. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ自治体認証制度の手引き. (2024, April) 公益財団法人日本自然保護協会. (参照2024.08.22)
・ネイチャーポジティブ自治体認証書(第1号認証)を取得. 所沢市. (参照2024.08.22)
・A Global Goal for Nature. Nature Positive. (参照2024.08.22)
・自然関連課題に関するTNFDの最終提言が発表され企業や金融機関が採用を開始. TNFD. (参照2024.08.22)
・TNFD Adopters. TNFD. (参照2024.08.22)
・SHIONOGIグループの生物多様性保全活動. SHIONOGIグループ. (参照2024.08.22)
・昆布の森再生プロジェクト. SHIONOGIグループ. (参照2024.08.22)
・サントリーグループのサステナビリティ. サントリー. (参照2024.08.22)