カーボンファーミングとは、主に農業の活動を通じて大気中の二酸化炭素を取り込み、土壌や植物に吸収・固定する農法のことです。循環再生型農業ともいわれており、これにより温室効果ガスの削減が期待されています。具体的な手法としては、作物のローテーションやカバークロップ(覆い作物)の利用(*1)、森林の再生、適切な工作方法などの実施があげられます。これらの手法により土壌の有機物量を増やし炭素を長期間にわたり蓄積することができ、農地は二酸化炭素の排出源から吸収源へと代わることができるのです。
そのほかにも、土壌の質の向上や生物多様性の保全、水質改善などといった農業生態系の全体的な健康を促進できる副次的な利点も多いことから、カーボンファーミングは持続可能な農業の推進と気候変動対策を併せ持った農業のネクストホープともいえるでしょう。そんな注目を集めているカーボンファーミングについて詳しくみていきましょう。
(*1) カバークロップ…土壌中に有機物を供給することを目的とした、土壌改良に役立つ作物の総称。その作物自体は収穫の対象ではないのが特徴。
カーボンファーミングが注目される背景としては気候変動の深刻化とそれに対する国際的な対応が求められていることにあります。
日本政府が「2050年カーボンニュートラル(*2)」を目指しているほか、欧州気候法で定められている2050 年までのGHG排出量をネットゼロにする目標(*3)など、世界的にも地球温暖化の進行によって温室効果ガスの排出削減が緊急課題に。
そんな中、農業と林業はGHG排出量の排出源であると同時に、適切な管理を行えば炭素吸収源に転換できる可能性を持っているため、気候変動対策として重要な役割を果たすと考えられています。
国際的な気候目標やカーボンニュートラルに向けた取り組みが進む中、カーボンファーミングはその一環として重要な役割を果たすことができるでしょう。
(*2) 2050年カーボンニュートラル:日本政府は、国内における温室効果ガスの排出を2030年度までに2013年度から46%削減・2050年までゼロにすることを目標としている。
国の取組 – 脱炭素ポータル|環境省 (env.go.jp)
(*3) ネットゼロ:温室効果ガスまたは二酸化炭素(CO2)の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすること。欧州気候法では「Climate neutrality by 2050」と名称しており、主にGHG排出量の削減、グリーン技術への投資、自然環境の保護によって、EU諸国全体でGHG排出量ネットゼロを達成することを意味している。
農業分野(農業・林業・その他土地利用)は全世界のGHG排出量の約23%を占めており、メタン(CH₄)と一酸化二窒素(N₂O)が主な排出源です。メタンは主に水田や家畜の消化過程などから、一酸化二窒素は、農用地の土壌や肥料の使用・家畜排せつ物管理等から発生しています。
また、農業分野では、GHG排出のほか森林の過度な伐採や多量の農薬・化学肥料使用などによって、砂漠化や土地の汚染による生態系・人体への被害などといった悪影響も発生します。気候変動やそれに伴う自然災害、化学汚染などといった観点からも「土壌の質向上」が急速に求められているのです。
京都議定書第三条四項によると、締約国は1990年以降の炭素貯蔵量の変化を推測することが定められており、森林や農業の炭素吸収源としての管理を奨励することが求められています。具体的な管理方法として挙げられるのが、植林や再植林・持続可能な農業管理・土壌の保全です。
欧州議会によるとカーボンファーミングは、5つの主要なカテゴリーに分類することができます。
1) 泥炭地の再湿潤化と復元
2) アグロフォレストリー
3) 鉱物土壌の(SOC)の維持と増進
4) 家畜と糞尿管理
5) 農地と草地における栄養管理
(表1)それら 5 分類の取組ごとにカーボンファーミングの影響力をまとめたもの
泥炭地は有機物を多く含む湛水状態の土地生態系であり、再湿潤化は水位を回復させることで炭素の分解を防ぎ、固定を促進することをいいます。
特にヨーロッパでは、泥炭地は森林の4~5倍の炭素を貯蔵しているほど巨大な炭素貯蔵源です。泥炭地を農地利用するには排水によって乾燥させることが必要で、その際年間220MtのCO₂が放出されており、これはEU域のGHG総排出量の5%にも上ります。
開発のために排水して、維持・管理ができていない泥炭地を再湿潤化して復元することは、生物多様性の保全や洪水防止といった気候変動対策も期待されるため、今後さらに必要となるでしょう。
アグロフォレストリーは、主に農地や牧草地に樹木や低木などと農作物を一緒に育て、動植物同士と生態系の相互作用によって持続可能な農業を促進する森林農法のことです。
現代は耕作作物や園芸作物と木質多年草の栽培を組み合わせていることが多くあります。
土壌の浸食や硝酸塩の溶出、洪水を防ぐことに加えて、炭素の固定や生物多様性の向上といったメリットがあります。
鉱物土壌における土壌有機炭素(SOC)(*4)を維持・増進させるには、土壌からの炭素投入量と炭素流出量のバランスが取れている必要があるので、持続可能な農業のためにはそのバランスを管理していかなければなりません。SOCレベルを維持・向上させる慣行として、カバークロップの導入、輪作による作付けの改善、草地の維持・管理などがあげられます。
土壌の有機物含量を増やし、炭素を固定することで土壌の肥沃度を高め、長期的な農業生産性をもたらすことができます。
(*4) 土壌有機炭素(Soil Organic Carbon)…土壌有機物に含まれている炭素。
家畜産業によるGHG排出量削減には、糞尿による一酸化二窒素(N₂O)の排出を抑えることが必要です。家畜の尿を迅速に処理し、適切な場所に集めて処理することでCH₄やN₂Oの生成を抑制できます。また、飼料の質改善にともなう家畜の消化効率を向上させることで、糞尿から発生するCH₄やN₂Oの排出削減につながります。
農地と草地の栄養管理を行うことで、肥料から生じるN₂Oの排出を削減し土壌の健康と生産性の維持につながります。適切な栄養管理によって、過剰な肥料使用によるN₂O排出を防ぎ効率的な栄養吸収を促進できるほか、地表・地下水の保護による水系の富栄養化の悪影響も軽減されるでしょう。
EUでもカーボンファーミングが気候変動対策の一環として注目を浴びており、それにともなう法整備が進んでいます。
いくつか具体例をみてみましょう。
1962年に導入されたCAPは、農家が環境に配慮した農業観光を実施することで支援を受けることができる政策です。
泥炭地の再湿潤化や、土壌の有機物含量を増加させるためのバイオ炭の利用などが支援対象としてあげられています。
2024年2月、EU理事会と欧州議会は、EU初の試みである炭素除去認証枠組みを確立する規制に関して合意しました。(EU Carbon Removals Certification Framework)これにはカーボンファーミングも含まれており、欧州気候法が定めている2050年のカーボンニュートラル達成に貢献されるといわれています。
2020年5月に欧州委員会が公表したF2F戦略は、生産から消費までにいたるフードシステムを公正で健康的で環境に配慮したものにすることを目指したもので、持続可能な農業実践を推進する戦略です。アグロフォレストリー・カバークロップの利用・保全耕作などが推奨されており、温室効果ガスの排出削減と炭素の固定を目指しています。
国内でもカーボンファーミングに関する取り組みが始まってきています。
岡山大学と一般社団法人みなむすGOHAN PROJECTが合同に進めている、「おいしそうな森アグロフォレストリープロジェクト」では、国内外の研究者や様々な専門家などによるアグロフォレストリー研究開発がされています。具体的な取り組みとして挙げられるのが、一般ユーザー向けコンテンツの提供や作放棄地、使い道に困っている遊休地活用などです。
また、明治ホールディングスでは、カカオの生産による森林伐採などの課題解決としてアグロフォレストリーに2009年から取り組んでおり、森林や生態系の保全に努めています。
他にも、国内で注目されているのがバイオ炭 (*5) の利用です。農地にバイオ炭を施用することで土壌の肥沃度を高めつつ、長期的な炭素固定を図る取り組みが民間企業などですでに行われています。2020年9月には、J-クレジット制度 (*6) においても「バイオ炭の農地利用」が対象になったように、2050年カーボンニュートラル目標達成に向けて取り組みが進んでいます。
(*5) バイオ炭:日本国内における省エネ機器の導入やCO2などの温室効果ガスの排出削減量・吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。
(*6) J-クレジット制度:日本国内における省エネ機器の導入やCO2などの温室効果ガスの排出削減量・吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。
カーボンファーミングはそのものがもつ効能のみならず、それによってもたらされる様々な副次的利点も数多く存在するため、農業分野における気候変動対策の新たな希望として大いに期待されています。しかし、土壌に貯留された炭素量を評価・認定する手法がまだ具体的に確立されていないことから現状まだ課題点も多く存在していることも否めません。欧州や米国が早くも取り掛かっているカーボンファーミングに対して日本はどのように進めていくのか、今後の動向に注目です。
エスプールブルードットグリーンでは、J-クレジットのプロバイダーであり、豊富な実績を有しております。
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CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
<出典>
Carbon Farming(カーボンファーミング) に関する報告書 最終報告. (2023, March). Eurovision & Associates. (2024.6参照)
気候変動に関する国際連合枠組条約京都議定書(和文). WARP.(2024.6参照)
Analytical Overview of Carbon Farming. (2022, March). European Commission. (2024.6参照)
European Climate Law. European Commission. (2024.6参照)
Carbon Farming Making Agriculture Fit for 2030. (2021, November). European Parliament. (2024.6参照)
国の取組. 脱炭素ポータル. (2024.6参照)
IPCC「土地関係特別報告書」の概要. 環境省. (2024.8参照)
National Greenhouse Gas Inventory Report of JAPAN. (2022). Center for Global Environmental Research.(2024.6参照)
「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」にみるEUの有機農業拡大に向けた課題と今後の展開の方向性. (2021). 農林水産政策研究所. (2024.6参照)
環境保全型農業のための カバークロップ導入の手引き (Ver.1.0). 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター. (2024.6参照)
農業分野における 気候変動・地球温暖化対策について. (2024.1). 農林水産省. (2024.6参照)
EUの農業政策. (2014.11). 農林水産省. (2024.6参照)
環境保全型農業関連情報. 農林水産省.(2024.6参照)
J-クレジットにおいて農業分野の方法論(バイオ炭の農地施用)による取組が初めてクレジット認証されました!. (2022.6). 農林水産省. (2024.6参照)
【岡山大学 x おいしそうな森の環境研究所】「おいしそうな森アグロフォレストリープロジェクト」始動. (2022.7). PR TIMES. (2024.6参照)
持続可能なカカオ生産に向けて 森林減少停止への取り組み. 明治ホールディングス. (2024.6参照)
J-クレジット制度について. J-クレジット制度.(2024.6参照)