GHG排出量の算定において、自社からの排出量であるScope1,2の算定は実施が進んできており、さらに注目されるのはサプライチェーン排出量であるScope3の算定です。Scope1,2,3ではScope3が大部分を占めることが多くなっています。Scope3の効果的な排出量削減のためにはまず算定を行い、排出量の多いホットスポットの把握が必要です。今回はScope3の算定で重要となる、正確な一次データに基づくPCF(製品カーボンフットプリント*)算定・利用のフレームワークを提供する「Pathfinder Framework」をご紹介します。
*日本では一般的にCFP(カーボンフットプリント)と表現されており、同義として扱われていますが、WBCSD公式情報ではPCFが使われているため表記を統一しております。
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弊社では2024年9月に、一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO)様をお招きし、「カーボンニュートラル実現に向けたGHG排出量とカーボンフットプリントの重要性」ウェビナーを開催いたしました。Scope3の算定方法やカーボンフットプリントについて知りたい方は、ぜひ上記の「アーカイブ動画を見る」ボタンよりお申し込みください。
Pathfinder Frameworkは、WBCSD(The World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)が主導する「PACT(The Partnership for Carbon Transparency:炭素の透明性のためのパートナーシップ)」が2021年に公表したバリューチェーン全体で製品レベルの排出量データを算出・交換するためのガイダンスです。
Pathfinder FrameworkはScope3算定における課題のひとつとして、二次データが多く使用されていることを挙げています。二次データは産業平均値や業界標準値を基にしたデータを指します。一方、一次データは計測による実績データです。二次データはデータが企業や取引先の実際の活動内容と一致しているかが不明確であり、実態を正確に反映できない場合もあるため、Scope3算定においては一次データを使用することがベストプラクティスとしています。
また、Pathfinder Frameworkはグローバル化するサプライチェーンでの一次データの活用について、データの共有がされていないことも問題であると指摘。そのため、データ共有の課題を解決するデータネットワークの構築を進めています。2023年にはPathfinder Framework v2.0が公開され、今後も更新がされるものと考えられます。
まずはそんなPathfinder Frameworkを公表したWBCSDおよびPACTについて見ていきましょう。
Pathfinder Frameworkは、スイスのジュネーブに本部を構えるWBCSDによって発表されました。WBCSDは1995年に設立された各産業分野の民間企業のCEOが集う国際的な組織で、2024年11月現在は250社以上が加盟しています。
ビジョンとして、「2050年までに、90億人以上が地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)の範囲内で、真に豊かな生活を送る世界の実現」を掲げており、その実現に向けて「気候変動」「自然環境破壊」「不平等の拡大」の3つの緊急課題に重点を置いています。また、国連機関や各国政府、NGOなど多様なステークホルダーと連携し、持続可能な社会の構築に向けた取り組みを推進。なお、WBCSDの加盟企業のうち、約10%は日本企業です。
PACTは、WBCSDのイニシアチブで、バリューチェーン全体におけるPCFの透明性を高めるためのソリューションを提供しています。PCF算定の標準化と排出量データの共有を推進するフレームワークとして、Pathfinder Frameworkを立ち上げました。このフレームワークは、バリューチェーンや産業全体でのPCFの可視化と、信頼性の高いデータ共有を実現するための新たなグローバルスタンダードとなる可能性があります。
Pathfinder Frameworkを活用する最大のメリットは、Scope3算定の透明性向上です。特に以下の2点の要素により、Scope3算定の透明性向上が図られています。
それぞれ見ていきましょう。
Scope3算定においては、企業間でのデータ解釈の違いや基準の不明確さが大きな課題となっています。ISO 14067やGHGプロトコルといった既存の標準を使用しても、ライフサイクルの範囲やデータソースに違いが生じ、最終的な算定結果が一致しないことがよくあります。Pathfinder Frameworkは、「ゆりかごからゲートまで(cradle-to-gate)」の標準化されたPCF算定を提供し、排出量データの一貫性を確保することでScope3算定の透明性を高めています。
また、PCFデータの共有において、バリューチェーンが多くの企業で構成されているにもかかわらず、従来の企業システムはGHG排出量データを他のシステムや企業とスムーズに共有できていません。そのため、企業はアンケートやスプレッドシートを活用して手作業をしているため、作業負担やコストが増大しています。Pathfinder FrameworkによるPCF算定の標準化は、サプライチェーン全体でのデータ共有を促進し、業務の効率化とコストの削減が可能です。
PCFデータが共有されることで、各企業は一次データを基にしたScope3算定が可能となり、これによりScope3算定の透明性がさらに向上します。
Pathfinder Framework は2021年に公表されたあと、2023年にVersion2が公開されました。
Version2では、以下の重要な2つの概念が追加されました。
それぞれ見ていきましょう。
データ品質評価の指標がGHGプロトコルガイドラインに基づき追加されました。以下の5つの指標が定義され、「Good」「Fair」「Poor」の3段階で品質が評価されます。
「保証(Assurance)」は、Version1でも登場した「検証(Verification)」と同様、標準化された高品質なカーボン監査の文脈でほぼ同義語として使用されていますが、厳密には以下のように定義されています。また、短期、中期、長期の時間軸からなる「保証のロードマップ」が新たに追加されました。
検証(Verification): 企業が開示するカーボン排出量の正確性を評価するプロセス
保証(Assurance): 検証プロセスを基に提供される信頼の度合いに基づき意見を提供する行為
日本においては、「Green x Digital コンソーシアム」の見える化ワーキンググループが、参加企業と共にPathfinder Frameworkに整合した「CO2可視化フレームワーク」を作成しました。「Green x Digital コンソーシアム」は、環境関連分野のデジタル化や新たなビジネスモデルの創出を通じて、日本の産業および社会全体の最適化を図り、2050年のカーボンニュートラル実現に貢献することを目指す組織です。
「CO2可視化フレームワーク」は、Pathfinder Frameworkに整合したデジタル技術を活用して、サプライチェーン全体で交換される「CO2データ」に関する算定方法やデータ品質の開示方法を示しています。
「CO2可視化フレームワーク」は、日本企業向けにPathfinder Frameworkをルール化したものです。ただし、単なる日本独自のガラパゴスルールには留まらず、世界的に通用する方法論と品質を追求。Pathfinder Frameworkとの整合性を保ちながら、既存の算定方法との共存や一次データの活用促進、最上流までの排出量を網羅する仕組みづくり、多様な事業者の参加を促進することを目指しています。
日本では、Green x Digitalコンソーシアムが主導するPathfinder Frameworkを活用した排出量算定とデータ共有の実証実験が複数実施されています。日本企業とそのサプライチェーン企業が参加し、「CO2可視化フレームワーク」を用いた取り組みが展開されています。
Green x Digital コンソーシアムの実証実験として、富士通株式会社は2024年度からグローバルサプライヤー12社と共同で、実データを活用したCO2排出量の企業間データ連携を開始しました。この取り組みでは、PCFの算出とCO2排出量の可視化を進め、サプライチェーン全体での排出量削減を目指しています。富士通の独自のESGマネジメントプラットフォームを活用し、サプライヤー間でPCFデータを安全に共有し、再エネ導入などの削減施策の効果を可視化しています。サプライチェーンの上流から排出量のつながりを確立することで、削減努力を具体的なデータとして反映させ、効果的な削減シナリオを立てることを見据えています。
Pathfinder Frameworkは、サプライチェーン全体で製品レベルのGHG排出量データを算出・共有するための標準化されたフレームワークで、Scope3算定の透明性向上に貢献します。日本においても、Green x Digital コンソーシアムが推進するCO2可視化フレームワークにより、Pathfinder Frameworkの活用が検討されています。現在、Pathfinder Frameworkの活用は実証実験段階にあり、実用化に向けた準備中です。企業にとっては、実データに基づくScope3算定を進めることが、効果的な削減戦略の策定やESG課題への対応に向けた重要な第一歩となるでしょう。
Pathfinder Framework を活用したScope3算定のブラッシュアップを実施する前の障壁として、Scope3全カテゴリーの算定があるのではないでしょうか。Scope3はその範囲の広さから算定に多くのリソースが必要となるため、実施に対するハードルが高いとされています。弊社では、GHG(Scope1,2,3)排出量算定に関するコンサルティングサービスを提供し、企業のサステナビリティへの取り組みを支援しています。GHG排出量算定やサステナビリティに関するご相談がございましたら是非お気軽にお問い合わせください。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
<出典>
・Pathfinder Framework Guidance for the Accounting and Exchange of Product Life Cycle Emissions Version 2.0. PACT(2024年11月参照)
・Pathfinder Framework Guidance for the Accounting and Exchange of Product Life Cycle Emissions Version 2.0. PACT(2024年11月参照)
・Green × Digital コンソーシアム CO2可視化フレームワーク Edition 1.0 . Green × Digital コンソーシアム ルール化検討SWG(2024年11月参照)
・Green × Digital コンソーシアム CO2可視化フレームワーク Edition 2.0.1 . Green × Digital コンソーシアム ルール化検討SWG(2024年11月参照)
・Technical Specifications for PCF Data Exchange (Version 2.0.0).WBCSD(2024年11月参照)
・Discover our members. WBCSD(2024年11月参照)
・PACT: Partnership for Carbon Transparency. PACT(2024年11月参照)
・富士通、グローバルサプライヤー12社と、実データを活用したCO2排出量の企業間データ連携による脱炭素に向けた実践を開始. 富士通株式会社(2024年11月参照)