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グリーンスチールとは、製造時のCO₂排出量を従来の鉄鋼より大幅に削減した鉄鋼材料のこと。グリーンスチール以外にも、「ゼロエミッションスチール」「ゼロカーボンスチール」「脱炭素鉄鋼」「低炭素鉄鋼」と呼ばれることもあります。
このグリーンスチールのマーケットは、現在徐々に立ち上がりつつある状況。各国の大手鉄鋼メーカーをはじめ、日本でも各メーカーからグリーンスチールの供給について発表されており、具体的には日本製鉄のNSCarbolex Neutral(TM)や、神戸製鋼のKobenable Steelなどがグリーンスチールに該当します。
このようなマーケットが立ち上がった背景にあるのは、2050年のカーボンニュートラルを達成するためには鉄鋼業の脱炭素化が重要であるという事実。というのも2020年度の鉄鋼業由来のCO₂排出量は131百万トンで、これは製造業から出るCO₂排出量の35%もの割合を占めています。加えてそもそも製造業は排出量が多い業界。国内のCO₂総排出量のうち36%は製造業由来の排出量なのです。
こうした背景を受け生まれたのが、CO₂排出量を大幅に削減できるグリーンスチール。ではグリーンスチールは、どのような仕組みでCO₂排出量を減らしているのでしょうか?その仕組みを探るため、まずは現在行われている製鉄方法からおさらいしていきましょう。
そもそも鉄は、鉄鉱石と還元剤であるコークスの化学反応によって作られるもの。化学反応の種類には物質と酸素が結びつく酸化と、物質から酸素を取り除く還元があり、鉄鉱石から酸素を還元することで鉄ができる、というのがざっくりとした製鉄の仕組みです。
ただ上記の工程で出来上がるのは、銑鉄(せんてつ)と呼ばれる炭素を含むもろい物質。一般的に活用されている鉄=鋼(はがね)にするためには、ここからさらに酸素等を吹き込みながら不純物を減らす必要があります。
この製鉄の工程における還元の手段として、現在鉄鋼業界では「高炉法」「直接還元法」「電炉法」の3つの方法が普及しています。
3つの方法のうち高炉法と直接還元法では、鉄鉱石を還元する際に炭素を使用。そのため必然的にCO₂が発生してしまうのです。そこで鉄鉱石の還元に炭素ではなく、水素を使う技術に期待が寄せられています。
鉄鋼業における低炭素化のため、日本では世界に先駆けてプロジェクトを始動。それが、CO₂排出の抑制とCO₂の分離・回収により、鉄鋼業におけるCO₂排出量を約30%削減する技術を開発することを目的としたCOURSE50です。COURSE50では2030年頃までに技術を確立し、2050年までに実用化・普及することを目指しています。
具体的にCOURSE50で使われているのは「高炉水素還元技術」と「CO₂分離回収技術」、2つの技術。それぞれ見ていきましょう。
実は還元剤として使われるコークスを作る際、メタン(CH4)を含んだガスが排出されます。そのメタンから水素(H)を取り出し、コークスの役割の一部を代替させるのが高炉水素還元技術。水素(H)を鉄鉱石「Fe₂O₃」の酸素「O」と結びつけ、水(H₂O)を作ることで、鉄鉱石から酸素を取り除く還元を実現させられるのです。
ただ製鉄においては、還元だけでなく高熱で燃焼させることも、コークスの役割。そのためやはり高炉へのコークスの投入は必要になりますが、そうすると還元が生じCO₂が発生してしまいます。そこで高炉から排出されるガスから、CO₂を分離し回収するのがこの技術。さらに分離には製鉄所内で廃棄される低温の熱エネルギー(未利用低温排熱)を利用できるため、低炭素化を実現できます。
ここまでは、グリーンスチールに向けて開発されている新しい技術に関してご紹介してきました。ただこの技術は発展段階で、現時点では実用化・普及までいたっていません。
そこで活用されているのが、「マスバランス方式を適用したグリーンスチール」です。鉄鋼業のCO₂排出量を大幅に削減するための技術開発には時間がかかる一方で、排出を低減させた鋼材に対するニーズは増えています。
そうした背景から鉄鋼メーカーは、自社で追加コストを負担しCO₂を含む温室効果ガス排出量を削減するプロジェクトを実施。プロジェクトによる削減効果を証書化し任意の製品に添付することで、該当の製品を購入した顧客はScope3排出量を低減したと主張できるのです。
前述したように、鉄鋼業界におけるCO₂排出量削減のための技術開発は2050年までの実用化・普及を目指し進行中。そのため実現するまでの移行期においては、マスバランス方式を適用したグリーンスチールの提供が「CO₂排出量を削減したい」という顧客のニーズに応える唯一の方法と言えます。
このように実用化・普及に向けて動き始めているグリーンスチールですが、この前進は投資家にも評価されています。実際2023年5月16日には、投資家の共同エンゲージメントグループ*が日本製鉄株式会社に対してグリーンスチールに向けた動きを称賛する声明を公表。この声明は2022年度決算発表で、日本製鉄が高炉による鉄鋼生産プロセスから、電炉による生産プロセスへの移行に向けた検討開始の約束を受け出されたもので、投資家は同社の脱炭素に向けた具体的な対応を歓迎しました。
こうした事実からグリーンスチールを進展・活用することは、投資家からの評価や投融資の受けやすさにもつながるものであるということが言えるでしょう。
共同エンゲージメントグループ*:マングループ、 ストアブランド・アセットマネジメント、 ACCR、コーポレート・アクション・ジャパン(CAJ)で構成された投資家グループ
その一方で、グリーンスチールはまだまだ発展段階であり課題が残っていることも事実。そんな現在挙げられている課題を2つご紹介します。
課題の1つめはコストの高さ。一般社団法人日本鉄鋼連盟は2024年1月のレポートで「鉄鋼プロセスのカーボンニュートラル化には、革新技術の開発・実装/導入やクリーン原料・クリーンエネルギーサプライチェーンの構築に多くの時間とともに、莫大なコストを要する。加えて、投入するクリーン原料・クリーンエネルギーのコストの高さから考えて、提供される鋼材の価格は上昇せざるを得ない」と言及しています。
さらに水素還元製鉄には、膨大な量の水素が必要。環境価値を考慮しない場合、コークスと同じコストで代替するには非常に安価な水素が求められますが、日本における水素価格は100円/N㎥(2023年時点/「令和4年度エネルギーに関する年次報告」より)。この水素価格は2030年に30円/N㎥、2050年には20円/N㎥以下に低減することが目指されていますが、日本鉄鋼連盟は水素還元製鉄と炭素還元製鉄を等価にする場合の水素価格について、目標よりもさらに低い約8円/N㎥と試算しています。このことから製鉄においてコークスの代替として水素を使うには、コスト面で大きな課題があると言えるでしょう。
そして2つめの課題は、何をもってCO₂排出量が低い鉄鋼と見なすかということです。実は、鉄鋼業の脱炭素化を目指す国際的なイニシアチブが複数設立されているここ数年。世界鉄鋼協会によると、その数は30以上にものぼるとのことです。
ただいくつかのイニシアチブで課題とされているのが、CO₂排出量の測定方法とCO₂排出量が低い鉄鋼(=グリーンスチール)の定義の標準化について。現在は「CO₂の排出量をどのように計測するのか」「何をもってCO₂が低い鉄鋼と言うのか」について、世界共通の認識が存在しないのが現状です。
こうした状況の一方で、標準化を目指す動きも発生しています。言葉の定義と測定方法、2つの面から見ていきましょう。
まずは言葉の定義について。IEA(国際エネルギー機関)はG7議長国ドイツの要請によって、2022年にCO₂排出量の多い鉄鋼分野とセメント分野におけるレポートを作成し、鉄鋼分野およびセメント分野について、IEAが考えるニア・ゼロエミッション素材の定義の案を提案しました。具体的にIEAが提案したのは、鉄鋼を生産する際に使う原材料に応じて基準となるCO₂排出量を決めるというもの。鉄には鉄鉱石を還元して作る鉄と、その鉄を再利用する鉄の2種類あり、それぞれの材料の利用比率によって、CO₂排出量の閾値を定めています。
上記の図の右下がりの線が、IEAが定めるCO₂排出量の閾値。つまりこの閾値より下の排出量であれば、「ニア・ゼロエミッション素材である」と言えるのです。具体的な数字で言うと、鉄鉱石から作る鉄の場合は1トン当たりのCO₂排出量が400キログラム以下、再利用で作る鉄の場合は、1トンあたりのCO₂排出量が50キログラム以下ならニア・ゼロエミッション素材と見なせます。
ただこの定義についても課題はまだまだある状況。とはいえ、国際的な定義や基準の出発点となったことは間違いないでしょう。
次に測定方法について。日本鉄鋼連盟は、2009年から製鉄所におけるCO₂排出量・原単位の計算方法を開発し、これを国際規格「ISO14404」として発行しました。それ以降「高炉用」や「電炉用」など、製造のプロセスに応じた規格がISO14404シリーズとして発行され、規格に基づいた測定が奨められています。ISO14404シリーズでは製鉄所から直接排出されるCO₂に加え、Scope1,2,3を一体で測定することが可能。サプライチェーン全体の排出量を確認することができます。
またIEAのレポートによると、2023年のG7気候・エネルギー・環境大臣会合ではISO14404を含めた既存の5つの排出量測定手法を調整することで、鉄鋼の生産と製品の排出に関する国際的な測定方法を相互に運用可能な形にしていくことが合意されたとのこと。この5つの手法は、国際的に使用できるように設計されていて、サイトや製品レベルのCO₂などの排出量を測定することができます。
では実際、グリーンスチールはどんな風に活用されているのでしょうか?最近の動向を見ると鉄鋼を調達する際、グリーンスチールに切り替える企業が増えていることが分かります。
2023年10月、住友商事株式会社は自社が事業者を担い、株式会社熊谷組が設計・施行者を担う予定の「(仮称)水道橋PREX」で、新築工事にJFEスチールのグリーン鋼材「JGreeX」が採用されることが発表しました。不動産・建築業界において「JGreeX」の採用は初めて。この物件では、主要鉄骨部材およそ400tのうち約半分の鋼材に「JGreeX」が採用されています。
2022年12月、日産自動車株式会社は2023年1月以降に神戸製鋼の「Kobenable Steel」を順次日産社へ適用していくことを発表しました。「Kobenable Steel」は神戸製鋼が商品化した高炉工程におけるCO₂排出量を大幅に削減した低CO₂高炉鋼材で、量産車への採用は初めて。日産は「2050年までに製品のライフサイクル全体でカーボンニュートラルを実現することを目指している」とした上で、グリーンスチールの採用は「ライフサイクルの一部である部品製造時のCO₂排出量を削減していく上で、大変有効な取り組みとなる」と明言しています。
「日産車への神戸製鋼所の低CO₂高炉鋼材及びグリーンアルミニウム原料を用いたアルミ板材の適用について. (2022, December 19). 日産自動車株式会社/株式会社神戸製鋼所.」より
今回は、普及に向けて動きが進むグリーンスチールについてご紹介しました。2020年時点のIEA(国際エネルギー機関)の報告書では、2050年には約5億トン、2070年にはほぼグリーンスチールに代替されると予測されているグリーンスチール市場。実際グリーンスチールに関するプロジェクトは続々と発表されており、その数は2022年~2023年の間で2倍以上に増えています。
まだまだ課題があり議論の必要はあるものの、大手企業が活用し始めるなど、普及に向けた動きが徐々に大きくなっていることは明らかです。たとえば鉄鋼を調達している企業であれば、一部原料のグリーンスチール切り替えを検討するなど、このコラムが自社の活動を見直すきっかけになることを願います。
弊社は環境経営におけるパートナーとして、CDPやTCFDなど各枠組みに沿った情報開示や、GHG排出量の算定のご支援をさせていただいております。『専門知識がなく何から始めれば良いか分からない』『対応をしたいけれど、人手が足りない…』といったお悩みを持つ方がいらっしゃいましたら、弊社にお声がけいただけますと幸いです。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
<出典>
・COURSE50. Green Innovation In Steelmaking.
・鉄鋼業のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向等について. (2022, September 12). 経済産業省 製造産業局.
・鉄鋼業の脱炭素化に向けた世界の取り組み(後編)~排出量の測定手法の共通化を目指して. (2023, August 24). 経済産業省 資源エネルギー庁.
・日本鉄鋼連盟 長期温暖化対策ビジョン 『カーボンニュートラルへの挑戦』. (2018, November). 一般社団法人日本鉄鋼連盟.
・令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023). (2023, June). 経済産業省 資源エネルギー庁.