サステナビリティの気運が高まる中、耳にすることの多い「排出量取引制度」。なんとなく知っているけど、実際はよく分からないという方も多いのではないでしょうか。本コラムでは、そんな排出量取引制度の仕組みについて、さまざまな事例を挙げながら詳しく解説いたします。
排出量取引制度とは、排出主体ごとの排出量の上限(キャップ)を決め、対象となる排出主体間で排出状況に応じて排出枠を取引(トレード)する制度のことです。この方式をキャップ&トレードと言い、取引の結果として排出枠の炭素価格が決まります。
「国内排出量取引制度のあり方について. 環境省.」を基に作成
排出量取引制度下では、各排出主体は主に以下の3つの方法で排出量削減に取り組むことができます。
排出主体は、各々の排出削減コストに基づいてこれらの方法を使い分けていくことが求められます。
「排出量取引制度について. 環境省.」を基に作成
また、中にはバンキングやボロ―イングといった仕組みもあります。バンキングとは、排出主体が削減計画期間中に排出量削減に取り組み、創出した超過削減量やカーボン・クレジットについて、当該期間中に利用しなかった分を翌削減計画期間に持ち越すことができる仕組みのこと。またボロ―イングとは、排出量削減の数値目標を達成できなかった場合に、次の計画期間の削減分を一部前借して達成とみなすことができる仕組みのこと。どちらも制度によって適応の可否が異なるため、事前の把握が重要となります。
ちなみに現在国内で運用されている東京都と埼玉県の国内取引制度では、バンキングは「次の計画期間より可能」、ボローイングは「不可」。次のブロックでは、②と③の削減方法についてご説明いたします。
排出量取引制度における削減方法の中で、最もよく活用されているのが超過削減量の購入。排出量を超過している、もしくは超過する見込みのある企業は、超過削減量を保有している制度対象事業者から排出枠を購入するという削減方法です。中には排出枠売買の仲介事業を展開する企業もあり、それらを活用することで効率よく排出量を削減できます。
超過削減量の大きな特徴は、そのコストの低さ。下記図から分かるように超過削減量の購入では、オフセットクレジットの購入よりも排出削減コストを抑えることが可能です。
「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度「排出量取引入門」. (2022, June). 東京都環境局.」「国内排出量取引制度のあり方について. 環境省.」を基に作成
図のように、超過削減量はカーボン・クレジットに比べて7~33%ほどのコストとかなり安価に利用することができ、コストパフォーマンスに優れていると言えるでしょう。
排出量取引制度の中には、特定の排出削減プロジェクトで創出したクレジットを用いて自身の排出量を相殺することが可能なケースがあります。活用できるのは、制度にもよりますが「再エネクレジット」や「都(県)外クレジット」「森林吸収クレジット(埼玉県のみ)」など。さらに海外には、「VCS」などボランタリークレジットを活用できる制度も存在します。
では、実際に日本ではどのような排出量取引制度が導入されているのでしょうか?現在運用されているのは、「東京都の排出量取引制度」と「埼玉県の排出量取引制度」の2つです。それぞれ見ていきましょう。
東京都では、2010年4月から総量削減義務を開始し排出量取引制度を導入。2024年3月現在第3計画期間となっており、オフィスビル等や熱供給事業所の場合、基準排出量の27%、オフィスビル等のうち他人から供給されたエネルギー(熱)を多く利用している事業所の場合、基準排出量の25%を削減基準としています。
「排出量取引制度について. 環境省.」「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度「排出量取引入門」. (2022, June). 東京都環境局.」を基に作成
東京都の排出量取引制度が対象としているのは、オフィスビル等。原則事業者同士による相対取引を通しての当事者間の合意・交渉によって排出量価格が決定されています。また、他にも連携協定を結んでいる埼玉県の「埼玉連携クレジット」など複数のオフセットクレジットを利用することができ、バンキングも可能となっています。
加えて東京都では、地球温暖化対策の推進の程度が優れた事業所をトップレベル事業所に認定。そのレベルによって、目標削減率が1/2または3/4に減少する緩和措置を受けることができます。
2010年9月より東京都と連携協定を結んでいる埼玉県では、2011年4月から目標設定型排出量取引制度が導入。第3計画期間にあたる今、オフィスビル等の場合基準排出量の22%、左記のうち他人から供給されたエネルギー(熱)が使用エネルギーの2割以上である事業所や工場・廃棄物施設の場合、基準排出量20%を削減目標としています。
「排出量取引制度について. 環境省.」「地球温暖化対策計画制度 目標設定型排出量取引制度. (2020, March). 埼玉県.」「資料4 無償割当(グランドファザリング及びベンチマーク)について (env.go.jp)」を基に作成
東京都同様に価格は当事者間の合意・交渉によって決まり、各種オフセットクレジットの利用やバンキングも可能となっています。また東京都同様埼玉県でも、地球温暖化対策の推進の程度が優れた事業所は優良大規模事業所に認定。そのレベルによって、目標削減率が1/2または3/4に減少する緩和措置を受けることができます。
2024年4月現在、日本国内で本格的に導入されている排出量取引制度は上記の東京都、埼玉県の2つ。しかし、政府は2026年度から日本国内で排出量取引制度が本格導入されることを発表しています。この施策は、エネルギー安定供給と脱炭素分野で新たな需要・市場を創出し、日本経済の産業競争力強化・経済成長につなげていくことを目標に創設された「成長志向型カーボンプライシング構想」に基づくもの。2026年度からの本格導入に先立ち、2023年4月から自主参加型であるGX-ETSが試行的にスタートしています。
「グリーントランスフォーメーションの推進に向けて -成長志向型カーボンプライシングを中心に-. (2023, May 29). 経済産業省 環境経済室.」を基に作成
2026年度の本格適応以降は、2033年度を目途に有償オークション*の導入も検討されているため、自社にどのような対応が求められるのか、事前にしっかりと把握しておくことをおすすめします。
*:排出量の多い電気事業法上の発電事業者に対し、CO₂排出量に応じた「排出枠」の一部または全てを、政府からオークションで購入することを義務づける仕組み。
また2023年からのGX-ETS開始に合わせて、東京証券取引所は、2023年10月11日にJ-クレジットを取引対象とするカーボン・クレジット市場を開設。これまで、J-クレジットは主に相対取引により価格が決定されていましたが、カーボン・クレジット市場開設によって価格決定が市場へと移行し、価格がクリアになりました。さらに今後は、GX-ETSの超過削減枠も取引対象になる予定です。
ここまでは、日本国内における排出量取引制度の現況についてご紹介してきました。では日本以外の国ではどのような制度が導入されているのでしょうか。環境先進国が多く集まるヨーロッパ、アジアきっての経済大国である中国を例に解説いたします。
ヨーロッパの排出量取引制度としては、2005年よりEUが導入しているEU-ETSが代表的なものとして挙げられます。東京都で排出量取引が導入されたのが2010年であることと比べると、EUの環境への感度の高さを再認識することができるのではないでしょうか。
「排出量取引制度について. 環境省.」「EEX EUA Primary Auction Spot – Download」「EUが排出量取引制度(ETS)改正案で政治合意、排出上限を大幅削減、道路輸送や建物も対象に(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ (jetro.go.jp)」を基に作成
現在EU-ETSは第4フェーズにあり、2023年に施行された改正ETS指令によって対象に海運セクターを追加、CBAM移行に向けた無償割当の段階的な廃止が2026年からスタートすることとなっています。価格については、2023年12月18日時点で66.49EUR/t-CO₂と、かなりの高価格。対象国はEU27ヶ国、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーの30ヶ国であることから、世界規模の排出量取引制度であると言えます。
またドイツでは、EU-ETSとは別にEU-ETSを補完する施策として、2021年からEU-ETS対象外*の運輸・暖房に使用される燃料を供給する事業者を対象に、独自の国内排出量取引制度を導入。またEUから離脱したイギリスも、2021年より独自の制度(UK-ETS)を導入しています。
*:現在、EUではEU-ETSとは別の取引制度として、ガソリン車などの道路輸送と化石燃料を用いた暖房を利用する建物を主な対象にETS IIを設置することが合意されている。あわせてETS IIの排出枠の価格を安定させるためのメカニズムも導入予定。
中国では、2021年より中国全域を対象とした包括的な排出量取引制度である「全国炭素排出権取引制度」が導入されています。
「排出量取引制度について. 環境省.」「法的対応必要な排出権取引市場の整備が進展、CCER再始動に期待 | カーボンニュートラル実現に向けた中国の政策および動向 – 特集 – 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – ジェトロ (jetro.go.jp)」「2023_03.pdf (jetro.go.jp)」を基に作成
初期段階では電力セクターのみを対象としており、削減水準として2025年までに単位GDP当たりのエネルギー消費量と二酸化炭素排出量を2020年比でそれぞれ13.5%、18%削減、2030年までに2005年比で65%以上削減するなどの目標を設定。価格に関しては、55.30RMB/t-CO₂と、東京都の排出量取引の査定価格と同程度のコストです。
10年間の準備期間を経て2021年から正式に導入された本制度は、中国という広大な経済大国を土壌に世界最大規模のETS市場となっており、その規模は今後も拡大することが予想されます。
今回のコラムでは、国内や海外の排出量取引制度についてご紹介してきました。日本では、2026年度から全国的な排出量取引制度が導入されることもあり、本制度への理解はこれからの環境経営に欠かせない知識であると言えるでしょう。
加えて東京都の排出量取引制度の対象企業にとって、排出量の削減は義務。義務履行期限(現在実行中の第3計画期間は2026年9月)までに削減が達成できない場合、命令違反として違反事実の公表や罰金などの措置があります。そのためまずは、自社が制度の対象となっているか確認し、対象となっていた場合は期限までに求められている削減率をしっかり達成することが大切です。
弊社エスプールブルードットグリーンでは現在、東京都・埼玉県の排出量取引制度の対象企業様に向けて、超過削減量の売買仲介事業を行っています。2024年4月現在は、第3計画期間終了まで余裕があり比較的安価でご提供できる状況。ただ計画期間の終了が近づくにつれて需要が増加し価格が上昇する可能性もあります。現時点での削減見込み不足分は、2024年度中の購入がおすすめです。気になる方はぜひお気軽にお問い合わせください。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
<出典>
カーボン・クレジット市場 よくあるご質問. 日本取引所グループ.
航空分野におけるCO2削減の取組状況. (2021, April). 国土交通省 航空局.
大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度「排出量取引入門」. (2022, June). 東京都環境局.
温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(キャップ&トレード制度)に関する 改正事項. (2019, March 29). 東京都環境局.
地球温暖化対策計画制度 目標設定型排出量取引制度. (2020, March). 埼玉県.
無償割当(グランドファザリング及びベンチマーク)について. 環境省.
グリーントランスフォーメーションの推進に向けて -成長志向型カーボンプライシングを中心に-. (2023, May 29). 経済産業省 環境経済室.
排出権スポット一次市場オークションレポート2024. EEX.
EUが排出量取引制度(ETS)改正案で政治合意、排出上限を大幅削減、道路輸送や建物も対象に(EU) | ジェトロ (jetro.go.jp)
法的対応必要な排出権取引市場の整備が進展、CCER再始動に期待 | カーボンニュートラル実現に向けた中国の政策および動向 ジェトロ (jetro.go.jp)