ボランタリークレジットは、世界中の民間企業やNGO団体などが主導し運営するカーボン・クレジット制度のこと。世界中で実施されているプロジェクトによるGHG排出の削減量や吸収・除去量を民間の認証機関によってクレジット化したもので、多種多様なプロジェクトが実施されているという特徴があります。今企業がGHG排出量削減に取り組むための新たな選択肢として注目を集めている制度です。
サステナビリティ関連に携わるご担当者の中には、「J‐クレジット」という名前を耳にする機会も多いのではないでしょうか。このJ‐クレジットとボランタリークレジットは、何がどう違うのか。比較する前にまず、カーボン・クレジットの種類についてご紹介していきます。
カーボン・クレジットは大きく分けると下記の2種類に分類されます。
ボランタリークレジットは、民間企業やNGO団体など民間主導で運用されているクレジット制度である一方、J-クレジットは、政府主導で運営されている制度になります。この2つのクレジット制度の相違点として特に注意が必要なポイントは、それぞれの使用用途の違いです。例えばJ-クレジットは、経団連カーボンニュートラル行動計画の目標達成やカーボンオフセットなど、様々な用途で活用することが可能です。 一方、ボランタリークレジットはあくまでも「事業活動におけるGHG排出量の“自主的な”カーボンオフセット活動」となります。あくまで自主的な取り組みであるため、排出量削減にはつながりませんが使用したという報告は可能です。
どのカーボン・クレジットを活用するかは、自社の目的によって決めることが重要だといえます。
カーボン・クレジットについてより詳しく知りたい方はこちらのコラムもご覧くださいませ。
>カーボン・クレジットとは? 仕組みからメリット、課題まで簡単解説
前述のとおり、ボランタリークレジットはあくまでも「事業活動におけるGHG排出量の“自主的な”カーボンオフセット活動」に活用できる制度となります。それではなぜボランタリークレジットを活用する企業がいるのでしょうか。その意義について考えていきたいと思います。
ボランタリークレジットを活用する意義は2つあると考えられます。
自主的なカーボンオフセット活動
1つ目は「自主的なカーボンオフセット活動」になるという点です。GHG排出量削減を目指す企業が、事業活動において“自主的な”カーボンオフセット活動に取り組む際に、ボランタリークレジットの活用は有効な手段になります。業界や事業内容によっては、GHG排出量削減に向けて成果を残すことが難しい場合も。そんなときボランタリークレジットを活用することで、自主的なカーボンオフセット活動により、2050年カーボンニュートラル実現に向けて貢献することが可能になります。
自社のサステナビリティに対する取り組みをPR
2つ目は「自社のサステナビリティに対する取り組みをPR」できるという点です。ボランタリークレジットは、コンプライアンスクレジットと違い民間が主導している制度のため、法的な拘束力がなく、国による政策的な制約がないため使い勝手がよいという特徴があります。例えば、自社製品などのGHG排出量削減のためボランタリークレジットを活用して自主的なオフセットをした場合、商品に付加価値をつけ、対外的にサステナビリティ経営に取り組む企業であるとPRできます。環境意識の高い企業だという印象を与え、信頼獲得につなげることが期待できるでしょう。
2点ほどボランタリークレジットを活用する意義をご紹介しましたが、使う前に留意していただきたいポイントがあります。それは、ボランタリークレジットに限らずカーボン・クレジットは大前提として、「企業努力ではどうしても削減しきれなかった排出量(残余排出量)」のオフセットのために使われるものであるということです。自社でGHG排出量への削減努力を全くしない状況で、初めからカーボン・クレジット頼りの取り組みでは「グリーンウォッシュである」とかえって批判を受ける対象になりかねません。カーボン・クレジットを活用する際は必ず、①算定(知って)②削減(減らして)③オフセットという順番は厳守していただく必要があります。
グリーンウォッシュについてより詳しく知りたい方はこちらのコラムもご覧くださいませ。
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世界中で多種多様な取引がされているボランタリークレジットですが、実際にはどのような種類があるのでしょうか。海外における代表的な4つの制度と日本のボランタリークレジットについてご紹介していきます。
まずは海外におけるボランタリークレジットについてです。取引規模・活用状況等から下記4つが代表的な制度として知られています。
①VCS(Verified Carbon Standard)
VCSは、Verraという国際的なカーボン・クレジット基準団体が運営している、GHG排出量削減や吸収プロジェクトから生じるクレジットの品質を保証するための認証基準・制度です。2005年に持続可能な開発のための経済人会議(WBCSD)や国際排出量取引協会(IETA)などの、民間企業が参加している団体によって設立されました。森林や土地活用に関する、世界で一番創出量のあるボランタリークレジットであり、その信頼性の高さにより幅広い企業が導入しています。
②GS(Gold Standard)
GSは、GHG排出量の削減や持続可能な開発に貢献するため、ボランタリークレジットの質を保証する認証基準・制度です。2003年に世界自然保護基金(WWF)などの国際的な環境NGOによって設立されました。ボランタリークレジットを発行するだけでなく、地球温暖化防止に大きく貢献するプロジェクトの審査と認証も行っています。
③ACR(American Carbon Registry)
ACRは、1996 年にアメリカのNPO 法人 Winrock Internationalによって設立された、世界初の民間クレジット認証基準・制度です。GHG排出量削減活動を加速させるために、環境改善の先駆者として情報を発信し、カーボンオフセットの品質基準を設定して、ボランタリークレジットの信頼性向上に取り組んでいます。
④CAR(Climate Action Reserve)
CARは、透明性が高いボランタリークレジットの発行や、誰もがアクセス可能なシステムでクレジット取引の公平性を担保する認証基準・制度です。2001年にアメリカ・カルフォルニア集の団体により創設されました。 独自のオフセットプログラムでは、ボランタリークレジットを活用してGHG削減を推進し、地球環境の保護と環境技術の成長を後押しします。
なお日本国内にもボランタリークレジットとして、海洋生態系に取り込まれて貯留された炭素、ブルーカーボンを取り扱うJブルークレジットが存在します。Jブルークレジットとは、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が運営している、独立した第三者委員会による審査・意見を経て、認証・発行・管理する独自のクレジットのこと。一般的な国際標準とされる100年間以上にわたって沿岸域や海洋に貯留されるべきCO2の量を算定し、それらを認証・発行しています。
森林クレジットといったグリーンカーボンと比較したとき、ブルーカーボンの炭素の貯留期間が長いという特徴があります。例えば森林クレジットの場合、森林がCO2を吸収したとしてもいずれ伐採されることが多いため貯留期間は数十年ほどですが、ブルーカーボンは数百年~数千年海底に貯留されます。このように貯留期間の長さも注目を集める一つの要因に。Jブルークレジットの認証実績は2022年度に大幅に増えていることから、ブルーカーボンに関する取り組みは拡大していることが伺えるでしょう。
ここからは、実際にボランタリークレジットを購入している国内の企業が、どのように活用しているのかを見ていきましょう。
2022年6月、株式会社商船三井はボランタリークレジットを活用し、日本から欧州向けの完成車海上輸送においてカーボンオフセット航海を実施したと発表しました。この航海は、2022年4月18日(広島港出発)~2022年5月28日(イギリスのBristol港到着)に実施したもので、排出するCO₂量の約4,000トンがカーボンオフセットされました。現在の技術では削減が難しいGHG排出量に対するボランタリークレジットの活用について、海運業界での具体的な活用方法を検討するためのパイロットケースとして実施されたものです。ガーナと中国における植林・再植林プロジェクトで創出された、VCSのボランタリークレジットが活用されました。これらのプロジェクトは大気中からCO₂を吸収・除去するだけでなく、生物多様性の保全や地域住民の雇用創出にも貢献しています。
2023年7月1日より、出光興産株式会社は燃料油にボランタリークレジットを付与した「出光カーボンオフセットfuel」の発売を開始しました。この「出光カーボンオフセットfuel」は、ボランタリークレジットを活用することで、燃料油を使用しながらCO₂を自主的にオフセットできる燃料です。それぞれ、CO₂排出量に対し、ボランタリークレジットを100%・50%・10%分付与するという3種類プランがあり、オフセット量を必要分に応じて選ぶことが可能に。活用するボランタリークレジットは信頼性の高い第三者認証機関Verra等のプロジェクトを自社で選定、調達したものでCO₂排出量をオフセットした証明として、同社が「供給証明書」を発行しています。この証明書はあくまで自主的なオフセットを証明するものではありますが、CSR活動やSDGsの取り組みなどに活用ができます。
2022年度(2022年4月1日~2023年3月31日)において、ヤマト運輸株式会社はISO14068-1:2023に準拠したカーボンニュートラリティを達成しました。なおISO14068-1:2023とは、国際標準化機構ISOが発行したカーボンニュートラリティのルールを示している国際規格のこと。主力商品である「宅急便」「宅急便コンパクト」「EAZY」の宅配便3商品のGHG排出量削減施策を実行し、どうしても削減できなかった排出量に対してVCSのボランタリークレジットを活用し、カーボンオフセットを行いました。2050年までのカーボンニュートラリティを維持することを約束しており、2050年に向けた、宅配便3商品のカーボンニュートラリティへの道筋を提示しています。
なお、弊社エスプールブルードットグリーンもこの取り組みに携わっています。弊社では「宅配便における排出量算定」「報告書作成のアドバイザリー」などの支援をさせていただきました。
今回のコラムでは、ボランタリークレジットの概要や、実際にボランタリークレジットを活用されている企業事例を取り上げさせていただきました。2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みとして、ボランタリークレジットの活用も選択肢の一つとして挙げられるのではないでしょうか。
「ボランタリークレジットを活用する以前に、そもそも自社の現状を把握していない…」
「どのボランタリークレジットが自社にとって適切なのか、判断ができない…」
といったお悩みを持つ方がいらっしゃいましたら、弊社にお声がけいただけますと幸いです。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
【出典】
・Jブルークレジット制度の概要(国内). (2024, April) 農林水産省. (参照2024.09.04)
・カーボン・クレジット・レポートの概要. (2022, June) 経済産業省. (参照2024.09.04)
・カーボン・クレジット・レポート. (2022, June) 経済産業省. (参照2024.09.04)
・J-クレジット制度について. J-クレジット制度HP. (参照2024.09.04)
・カーボン・オフセット宣言. J-クレジット制度HP. (参照2024.09.04)
・Jブルークレジット. Japan Blue Economy Association. (参照2024.09.04)
・カーボンクレジットの活用に関する動向と課題. (2022, July) 一般財団法人電力中央研究所. (参照2024.09.04)
・VERIFIED CARBON STANDARD. Verra. (参照2024.09.04)
・ABOUT GOLD STANDARD. Gold Standard. (参照2024.09.04)
・ABOUT US. American Carbon Registry. (参照2024.09.04)
・自動車船でカーボンオフセット航海を実施~欧州向け完成車海上輸送時のCO2排出量を相殺~. (2022, June) 株式会社商船三井HP. (参照2024.09.04)
・出光カーボンオフセットfuel販売開始について 需要家の脱炭素への取り組み・企業価値向上を支援. 出光興産株式会社. (参照2024.09.04)
・「カーボンニュートラリティの宣言」とは. ヤマト運輸株式会社. (参照2024.09.12)
・検証意見. (2024, January) ヤマト運輸株式会社. (参照2024.09.12)
・今、注目を集める、ボランタリー・クレジット ~4 つのメガトレンドと、今後の行方を解説~. (2021, February) みずほ情報総研. (参照2024.09.04)
・【解説】CO2排出権取引の国際動向とJ-クレジットの未来. 三井物産株式会社HP. (参照2024.09.04)
・海草・海藻藻場の CO2貯留量算定に向けたガイドブックの公開について. (2023, November) 国立研究開発法人水産研究・教育機構. (参照2024.09.12)