1916年に日本初の産業用火薬メーカーとして創業した日本化薬。創業100周年を超えた現在は、化学品や自動車安全部品から医薬・農薬まで幅広い事業を展開しています。長きにわたってあらゆる製品を作り出してきた日本化薬は、メーカーとしてどのようにサステナビリティの対応に向き合っているのでしょうか。執行役員 環境安全推進部長の加藤様に伺いました。
目次 Index
“日本化薬様の事業とサステナビリティへの取り組みについて教えてください。”
当社は、火薬技術を応用した自動車安全部品などを提供する「モビリティ&イメージング事業領域」、エポキシ樹脂など機能性材料を提供する「ファインケミカルズ事業領域」、抗がん薬をはじめとした医薬品や農薬などを提供する「ライフサイエンス事業領域」と、3つの領域で事業を展開しています。多彩な事業を展開しているだけでなく、それぞれの事業でオンリーワン技術を追求し、ニッチでありながら高付加価値な製品を開発しているのも当社の強み。たとえば車両衝突時などにシートベルトを巻き取るための駆動力を生み出す小型ガス発生装置「マイクロガスジェネレータ」や、これらの基幹部品である点火装置「スクイブ」は、その性能と信頼性から外販向けとしてトップ水準のシェアを誇ります。また、国内がん関連製品のラインアップ数は日本で最多。エッセンシャルドラッグやジェネリック医薬品を含めた抗がん薬およびがん関連薬剤として、51 品目(2024年9月現在)をラインアップしています。
その一方で当社はメーカーですから、製造している以上、二酸化炭素やVOC(Volatile Organic Compounds)などの排出や工場からの排水は少なからず発生しています。それらについては、排水処理設備の増強やVOC対応の設備の導入など、外部への影響をできるだけ少なくする対応を進めてきました。加えて2019年度には、生産におけるエネルギーや原料のうち、製品につながるコストとつながらないコストを“見える化”するMFCA(マテリアルフローコスト会計)と呼ばれる手法の活用を開始。その結果、大きなコストダウン効果とScop3の削減効果が見込める改善ポイントを見つけることができ、実際に設備を整備し、大きな経済効果の獲得と資源効率化の貢献につながりました。
ただこうした設備導入などの取り組みを進める一方で、その取り組みや数字を適切に開示するという点については課題も感じていました。というのも、当初は投資家や株主などのステークホルダーが“何を求めているのか”、はっきりと理解しないままに開示しているような状況だったからです。それはCDP質問書においても、同じ状況でした。
“どのような理由から、支援企業としてエスプールブルードットグリーンを選ばれたのでしょうか。”
エスプールブルードットグリーンを最初に利用したのは、再エネ証書を用いた再エネ化の支援でした。そのご縁から2021年より継続してCDP回答をサポートしていただいています。実は当社では2016年~2020年の間、自力でCDP質問書に回答していました。ただ当時は担当者が社内のデータを集め何とか対応していた状況で、設問の意図にそぐわないような回答をしていたのも事実。CDP質問書の原文は英語で書かれていることもあり、“何を聞かれているのか”読み取るのに非常に苦労していたのです。
その点エスプールブルードットグリーンは、当時CDPのスコアリングパートナーでしたから、設問の内容や意図について適切な理解や回答におけるノウハウを豊富に有していることに魅力を感じ、サポートを依頼しました。実際に支援中は、回答内容を検討する中で「この設問では何を聞かれているのか」「回答に必要なデータはどうやって集めるのか」など丁寧に教えていただき、我々も理解を深めながらCDP回答を進められました。
“サービス導入の成果と、その後の波及効果についてはどうお考えですか。”
大きな成果としては、CDPスコアが着実にアップした点があげられます。自社で回答していた時には「B-」だったスコアが、支援初年度の2021年には「B」にアップ。さらに2022年には「A-」にアップし、2023年も「A-」を維持できました。こうして着実にスコアアップを図れた実績から、エスプールブルードットグリーンには継続的に支援いただいています。またCDP質問書に回答していく過程で、取り組むべきことをクリアにできたのも大きな収穫です。その結果、現時点では指名報酬委員会の実施や社内炭素価格の設定など、新しい取り組みに向けた検討も進んでいます。
加えて最近は、取引先からサステナビリティ関連の調査を受ける頻度も増えてきました。その点当社にはCDP回答を通して築いた体制や経験があるため、取引先からの要請に対しても適切に開示できていると感じています。さらに株主総会でCDPスコアを公表するなど、回答の成果はステークホルダーに向けたアピールにも活用されています。
社外に向けた活用には経営層の理解が必要不可欠ですが、社内理解促進には大変苦労しました。時には我々がCDP質問書の内容を、一問ずつ経営層に説明したことも。こうした地道な取り組みに加え世間における動きの広まりもあり、だんだんとサステナビリティ対応の重要性を理解してもらえるようになったのです。また経営層に比例して社内の理解も進み、これまでは我々環境安全推進部だけでサステナビリティ開示に対応していたところ、現在では経営企画部やコーポレート・コミュニケーション部などあらゆる部署と協力し合いながら開示の推進を図っています。数年前に比べると格段と進めやすくなりました。
“その一方で、水セキュリティ質問書への対応はいかがでしたか。”
気候変動テーマのスコアが上がるにつれ、水テーマのスコアとの間に差が生まれてしまったというのが正直なところです。当社では気候変動質問書に加え水セキュリティ質問書にも回答していましたが、当初は保有しているデータを用いて回答できる設問にのみ対応している状況でした。ただ気候変動質問書における支援を受ける中でエスプールブルードットグリーンに支援していただければ、我々が独自に保有しているデータをさらに適切な形で開示できるのではないか、と考えるようになったのです。加えて気候変動と同様、水セキュリティに関しても“ステークホルダーが何を求めているか”理解したく、専門的な知識やノウハウを持つエスプールブルードットグリーンに依頼することを決定しました。
我々が身を置いているのは水を多く使用する化学産業のため、お客様の中にはウォーターフットプリント(ある製品における原材料の栽培・生産~リサイクルまでのライフサイクル全体で直接的・間接的に消費・汚染された水の量を定量的に算定する手法)を気にされる方もいらっしゃいます。そのため工場見学を実施した際には「こんなにも水を使うのか」といった声をいただいたことも。そうした背景から、お客様のニーズに応えるためにも水に関する取り組みは必要だと考えていました。
とはいえ、水に関する課題は認識しにくいという一面もあります。その点CDPの水セキュリティ質問書ではリスクや機会に関する設問があるため、質問書への回答を通してこれまで漠然と考えていた水リスクについて、財務影響などを一定レベルで定量化することができました。こうして発見できたリスクをまずは社内で共有し、リスクに対しどのような対策を打つべきか検討することが必要だと考えています。また回答支援を受ける中で、回答にどのようなデータが必要なのかも少しずつ理解できるようになり、あわせてスコアも「C」から「B」にアップしました。こうした経験を踏まえて今後は回答の質の向上も図っていく予定です。
“最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。”
最大の課題としては、サプライヤーエンゲージメントがあげられます。というのも当社には中国やインドのサプライヤーが多く、原料に関するデータ収集が難しいという現実があるからです。そうした背景から、現在Scope1,2についてはSBTに準拠した目標が設定できている一方で、Scope3についてはそうした目標が立てられていません。そのためScope3の算定や目標設定をいかにして進めていくかが、2030年に向けた一番の課題だと認識しています。現在はScope3算定集計方法の精度を向上させたり、Scope1,2,3の集計結果について、第三者検証を受審したりと、歯車を回し始めている状況です。今後はこれらをうまく回し続け、目標に繋げていく必要があると考えています。
またエスプールブルードットグリーンとは、新しくTNFD開示に向けた取り組みも開始しました。取り組みを決めたきっかけの1つとしては、世の中の潮流がシングルマテリアリティからダブルマテリアリティに変化しつつあることがあげられます。我々はダブルマテリアリティに向けた第一歩として、まずはTNFDを通して当社が環境・社会から受ける影響だけでなく、当社が環境・社会に与える影響までを明確にし、開示していく必要があると考えました。その成果を土台とすれば、ISSBやCSRDなどの世界で適用される各基準にどう当てはめていくべきか検討できるはずです。今後もステークホルダーの要求を正しく理解した開示を継続しながら社内の体制整備も進め、当社のサステナビリティ対応を向上させていきたいと考えています。
[企業紹介]
日本化薬株式会社
https://www.nipponkayaku.co.jp