2022年度、CDPの調査対象がプライム市場の全上場企業に拡大。その結果、CDPを通じて情報開示に応じた企業は日本で1700社以上、世界でおよそ18,700社となりました。CDP質問書がグローバルスタンダードとしての地位を確立しつつある今、「Aリスト入り」に関心を寄せる方も多いのではないでしょうか。本コラムでは「Aリストに入るための要件」「Aリスト入りのメリット」「国内企業の取り組み事例」などについて、詳しくご紹介いたします。
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そもそもCDPとは、企業に対する環境情報開示プログラムの実施を通して、情報の収集・開示を行っているイギリスの国際環境NGO(非政府組織)。CDPは「Carbon Disclosure Project」の略称で、「気候変動」に加えて「水セキュリティ」、「フォレスト(森林保護)」の3つのテーマに関する質問書を送付し、その情報をもとに回答企業にA~D-までのスコア(未回答企業はF)を付与しています。
この質問書は、ESG情報開示の「E(Environment)」における世界的な基準の1つとなっており、日本でも一般的になりつつある状況。そのため、現在多くの企業が機関投資家・購買企業から回答が要請されています。
実際2022年には、世界の時価総額の半分を占める18,700社以上の企業が回答し、昨年より42%、2015年にパリ協定が署名されたときよりも233%以上も増加しています。
CDP質問書の回答によって付与されるスコアは、その企業に対する投資家や顧客企業からの評価に大きな影響を与えることになります。特にスコアが高く、気候変動や水問題、森林減少によるリスクを緩和するためのベストプラクティスとして認められる企業は「Aリスト企業」に認定され、大きな付加価値を生み出すことができます。
では、どうすれば「Aリスト企業」に選ばれるのでしょうか。CDPは以下のようにAリスト入りの要件を定めています。
前述の通り、CDPは企業に対して「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」の3つのテーマに関する質問書を作成・提供しています。以下では、各テーマにおいてどのような情報開示を求められるのか、詳細なAリスト要件(2023年度版)と共にご紹介いたします。
気候変動質問書では、主にGHG(Green House Gass)排出量算定やその削減目標・事業戦略など、脱炭素の観点からの情報開示が求められています。
また「Aリスト」に入るためには、下記のような条件をクリアする必要があります。
世界の水需要の増加と気候変動による干ばつの影響等により、水不足の深刻化が懸念されている現在。
そうした状況を受け水セキュリティ質問書では、水リスクとその影響の認識、サプライチェーンのレジリエンス向上を図るため、企業の水管理に関する情報開示が求められています。
また「Aリスト」に入るためには、下記のような条件をクリアする必要があります。
フォレスト質問書では、パリ協定で示された「1.5度目標」の達成の前提となる自然の保護、特に炭素の純吸収源となる森林保護に焦点を当て、「農林畜産業などの企業活動が森林破壊に影響を与えていないかどうか」や「森林保護対策事業についての情報開示」が求められています。
また「Aリスト」に入るためには、下記のような条件をクリアする必要があります。
続いて、CDPの評価基準について解説します。
CDPでは「情報開示」「認識」「マネジメント」「リーダーシップ」の4つの項目の得点率に応じて、A~D-(質問書に回答しない場合は、F)のスコアを決定。具体的には上記のような基準で判断され、スコアAを獲得するためには4つの項目すべてにおいて閾値以上の得点率を獲得する必要があります。さらに質問の中には、前提条件をクリアしないと得点を獲得できない質問や、回答企業が所属するセクター固有の質問も。回答の際には注意が必要です。
加えて情報開示をベースとした“加算式”でランクが決まるのも、気をつけたいポイント。
たとえば上記図のB社は情報開示の項目においてDスコアの閾値(79%)を下回っています。そのため残り3項目ではA社より高い得点率を獲得しているのにも関わらず、A社よりも低いDスコアになってしまうのです。
開示企業の数は2003年以降年々増加しており、2022年度には全世界で約18,700社の企業が「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」に関する情報を開示。そのうち15,000社がスコアリングを受けています。開示企業数を数値で見ると、2021年度より42%、2015年のパリ協定締結時より233%も増加しており、この点からもCDP質問書がグローバルスタンダードとしての立ち位置を確立していると言えるでしょう。
そして2022年度は、世界の330を超える企業がCDPの「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」いずれかのAリストに認定。環境問題に対する透明性と活動のグローバルリーダーとして認められています。
一方で、3つのテーマ全てに対してトリプルAを獲得した企業は、日本企業の花王(敬称略)を含むわずか12社。また2021年度のスコアがD-からA-の企業のうちの66%は、2022年度のスコアに改善が見られていません。加えてテスラを始めとした、時価総額24.5兆米ドルに相当する29,500社以上が「開示要請に応じない」もしくは「回答に十分な情報を提供していなかった」としてスコアFの評価になっています。
続いて、2022年度の日本企業の情報開示の現況について解説します。
2022年度にCDP開示に応じた日本企業数は1700社以上。アメリカ・中国に次いで世界で3番目に企業開示数が多い結果となりました。
出典: 「CDP 気候変動レポート2022:日本版」 「CDP 水セキュリティレポート2022:日本版」 /「CDP フォレストレポート2022:日本版」を基に弊社にて作成
その中でも、「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」のうち、2分野でAリスト入りを果たした日本企業は20社、トリプルAを獲得した企業は前述の通り花王1社のみ。ただ世界全体のAリスト企業数で見ると、日本企業の数は91社と、35社のアメリカを抑えて世界で最多となっています。
加えて、日本企業の「気候変動」分野のAリスト入りは75社、「水セキュリティ」は35社、「フォレスト」は4社。各分野におけるAリスト入り企業数も世界で最多を誇ります。こうした背景からも、日本はCDP開示において先進的な立場にいるということが言えるでしょう。Aリスト入りした具体的な日本企業名については、コラム最下部でご紹介しておりますのでご確認ください。
日本国内に1700社以上あるCDP開示企業ですが、CDPの行動方針に賛同している各企業の取り組みを一様に述べることはできません。今回は日本企業の中でも、2022年度の質問書各分野においてAリスト入りを果たした企業の取り組み事例について、会社ニュースリリースを参照にそれぞれピックアップしていきます。
まず気候変動質問書に関して、株式会社ファーストリテイリング(以下ファーストリテイリング)の取り組みをご紹介します。ファーストリテイリングは、2021年9月に、サプライチェーン領域を含めたGHG排出量の2030年度までの削減目標を公表。この取り組みによりSBT(Science-Based Targets)認定を取得しています。
具体的には、店舗や主要オフィスなどの自社運営施設でのエネルギー使用に由来する排出量の90%、商品の原材料生産・素材生産・縫製に関わる排出量の20%を削減すること、さらに自社の使用電力における再生可能エネルギーの割合を、2030年度までに100%にシフトすることの3つを掲げています。
次に水セキュリティ質問書に関して、株式会社日立製作所(以下日立製作所)の取り組みをご紹介します。日立製作所は、水セキュリティ分野において4年連続でAリストに選定されており、主に以下2つの取り組みを行っています。
まず1つ目は、「水資源の利用効率を2050年度までに2010年度比50%改善する」という目標の掲示。この目標達成のために、地域や事業の特性に応じた水使用量の削減、水関連規制の遵守、水に関する管理強化などの活動に取り組んでいます。
2つ目は、「水リスクガイドライン」の作成。これは水リスクの特定および対策にかかわる手続きをまとめたもので、これに基づきグローバルの主要製造事業所が地域や事業運用上の水リスクを特定し、水リスクに応じた活動を推進しています。
最後にフォレスト質問書に関して、花王株式会社(以下花王)の取り組みをご紹介します。花王は日本企業の中で唯一のトリプルA選定企業。フォレスト分野においてはインドネシアの小規模パーム農園を支援するプログラム「SMILE」を推進しています。このプログラムでは、花王のパーム油サプライチェーンの中に存在する課題を認識し、小規模パーム農園に対して様々な面から支援。
具体的には、持続可能な生産と生産性向上、安全な作業に関する教育や、花王が開発した農薬展着剤の無償提供と使用方法の指導、ヘルメット・手袋といった安全対策器具の支給や消火器の設置など、その取り組み内容は多岐にわたります。
質問書回答後、A~Fまでランク分けされるうち、特にAランク入りを果たすことのメリットはその結果と過程に分けて大きく2つあります。
まず、Aリストに選定される結果としての大きなメリットは「投資家や顧客企業に評価・選ばれやすくなる」ということ。というのもCDPスコアは、機関投資家に加えて個人投資家からも投資先企業を選定する際の基準として利用されているのです。
実際ブルームバーグやQUICKなどの株価情報サービスでCDPスコアが閲覧できるだけでなく、MSCIやSTOXXといったESGインデックスでもCDPスコアが利用されています。また2020年には24%にとどまっていた日本のESG投資比率ですが、2022年には34%に上昇。こうした背景からCDPスコアは企業価値を測る指標としても重要性が増しており、ESG投資とも結びつく、企業にとって必至の要素と言えるでしょう。
実際に、2021年には資産運用額110兆ドル超、590を超える投資家が、2022年には資産運用額130兆ドル超、680を超える投資家が、2023年には資産運用額136兆ドル超、746を超える投資家が、CDPを通じて情報開示を要請。こうした現状からも投資家がCDPスコアに寄せる関心の高さは明らかです。
またCDP質問書に回答する過程を通して、「自社が今どのような現状か把握できる」というメリットもあります。
というのもCDP質問書では、回答結果によってその後回答できる設問が異なり、基本的には「はい」を選んだ方がより高い得点率を実現でき、「いいえ」を選んだ場合、得点率の上限が決められてしまう仕組みになっているのです。
そのため「はい」を選択し、いかに適切な回答ができるかが重要。Aリスト入りが叶う高得点を目標に自社分析に時間を費やすことで、自社の排出量の実情や様々な取り組みの把握、再検討をする機会を得られるのです。
さらに、これらの自社分析を進めて新たな取り組みを実施することは、環境省が以下のように提示している脱炭素経営による5つのメリットにも繋がります。
こうした背景から、CDP質問書においてAリスト企業に選定されることは、その結果と過程それぞれに意義があり、企業価値向上に収斂していくと言えるでしょう。
2023年度のCDP質問書においては、スコアリングのカテゴリーに新たに<政策エンゲージメントおよび産業界との連携>が追加され、併せて同カテゴリーのリーダーシップポイントのウェイトも2022年度の0%から4%へと変化しています。また、生物多様性のカテゴリーに関しては、2023年度は採点対象から外れました。
加えてスコアリングの基準に関しても、年度ごとにマイナーチェンジが発生。Aリスト要件についても、同様にテーマ横断的な変更や各テーマのみに適応される変更が複数あるため、最新の情報をキャッチアップすることが大切です。
※2023年度→2024年度におけるスコアリング基準の変更点については未発表(2023年1月時点)。
今回のコラムでは「CDP質問書におけるAリスト入り」について、達成するための要件や取り組み事例などをお届けしてきました。現在、グローバルスタンダードとなりつつあるCDP質問書。回答することで、自社の成長のみならず、関連するすべての企業・投資家に対しての価値提供など多くのメリットを手にできます。
弊社は環境経営におけるパートナーとして、CDPやTCFD、TNFDなど各枠組みに沿った情報開示や、GHG排出量の算定のご支援をさせていただいております。『専門知識がなく何から始めれば良いか分からない』『対応をしたいけれど、人手が足りない…』といったお悩みを持つ方がいらっしゃいましたら、弊社にお声がけいただけますと幸いです。
CDP回答やGHG排出量算定など、環境経営に関するコンサルティングサービスの営業本部長を務めています。
【バイオ技術・ヘルスケア・製薬】
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【素材】
AGC、花王、コーセー、資生堂、住友化学、太平洋セメント、東京製鐵、ポーラ・オルビスホールディングス
【小売】
J.フロント リテイリング、イオン、ファーストリテイリング、丸井グループ、三越伊勢丹ホールディングス
【サービス】
KDDI、NTTデータ、SOMPOホールディングス、三機工業、ジャパンリアルエステイト投資法人、セコム、第一生命ホールディングス、大日本印刷、大和証券グループ本社、大和ハウスリート投資法人、東急不動産ホールディングス、日本電気、野村総合研究所、富士通
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【素材】
花王、コーセー、住友化学、東レ、三菱マテリアル、ライオン
【小売】
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【インフラ関連】
積水ハウス
【製造】
王子ホールディングス
【素材】
花王
出典:
・CDP. (2022, April). [企業向け]CDP概要と回答の進め方. CDP Disclosure Insight Action.
・CDPレポーターサービス. (2023, May 9). 2023年 CDP気候変動質問書スコアリング基準変更点. CDP Disclosure Insight Action.
・CDP. Companies Requested by CDP’s Capital Markets Signatories. CDP Disclosure Insight Action.
・2022年度 Aリスト企業. CDP Disclosure Insight Action.
・2023年CDP水セキュリティ質問書. CDP Disclosure Insight Action.
・[企業向け]CDP2023気候変動質問書導入編. CDP Disclosure Insight Action.
・スコアリングイントロダクション2023. CDP Disclosure Insight Action.
・GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW. (2023, November 29). Global Sustainable Investment Alliance.
・花王株式会社. (2022, December 13). 花王、3年連続でCDPから「気候変動」「フォレスト」「水セキュリティ」の分野で最高評価を獲得. KAO.
・株式会社日立製作所. (2022, December 13). ニュースリリース. HITACHI Inspire the Next.
・株式会社ファーストリテイリング. (2022, December 14). News & Updates. FAST RETAILING.
・環境省. (2022, June 7). 令和四年度環境白書 第1章 1.5℃に向けて. 環境省 Ministry of the Environment.